この記事では、法律事務所で弁護士との認識の齟齬を防ぎ、あなたの責任感や慎重さを示しながら、怒られるリスクを減らす方法についてご紹介しています。
法律事務所で勤務していると、いつもと同じように処理しているにもかかわらず、次のように弁護士から怒られた経験はないでしょうか。
どうしてこんな勝手なことをするんだ!
すみません。
(いつもと同じ処理なんだけど…)
もちろん、弁護士にとって怒る正当な理由がある場合もあるでしょうが、事務員からすれば理不尽に感じることも多いはずです。
この状況は、弁護士と事務局双方にとって、あまりいい状況とは言えません。
そこで今回は、「いつもと同じ」ようにしてもうまくいかない場合の原因と対応策についてご紹介します。
弁護士と事務局に生じやすい齟齬
事務局が「これはいつもと同じ処理だ」と考え、弁護士は「いつもとは違う処理が必要だ」と考えている。
このような齟齬が生じてしまうことは、法律事務所では往々にして起こります。
その原因はいくつかありますが、大きく分ければ事務員側の問題と弁護士側の問題があります。
事務員の経験が足りない
当然のことながら、経験年数が長ければ長いほど、処理する仕事の量は増えます。
対応した事案の数だけ、直面した仕事が「いつもと同じ」なのか「いつもとは違う」のか、わかるようになっていきます。
なぜなら、経験とともに判断材料が多くなるからです。
例えば、表面上は同じ書類に見えても、その後に控えている手続を知っていれば、それに応じて書く内容は変わる等、臨機応変な対応ができるようになりますよね。
また、事務局で判断できることとできないことの境界もわかるようになります。
しかし、経験が少なければどうしても判断材料も少なく、「いつもと違う」にもかかわらず「いつもと同じ」と思えてしまうことがあるのです。
弁護士の情報提供が足りない
弁護士によっては、事務局への情報提供が圧倒的に足りない場合があります。
つまり、法律事務所の中で弁護士しか把握していない事実がある場合、弁護士からそれを伝えられていなければ、事務局にはそれを知る方法がありません。
弁護士にしてみれば、忙しくてそこまで手が回らないこともあるでしょう。
いちいち事務局に言ってられないよ
そのように考える弁護士もいるでしょう。
しかし、情報がそもそも足りない中では、事務局からすれば「いつもと同じ」と判断してしまうことは、無理のないことなのです。
例えば、毎月月末に事務所の封筒で依頼者へ送っている書類があるとします。
しかし、弁護士が依頼者から「今後は茶封筒で送って欲しい」と言われていても、事務局がそれを知らされなければ、月末が来れば事務所の封筒で送るでしょう。
事務局が弁護士に封筒の種類を尋ねることはありません。
このように、情報不足から判断材料が少なく、「いつもと違う」にもかかわらず「いつもと同じ」と思えてしまうことがあるのです。
一朝一夕には解決できない
このように、弁護士と事務局の認識に齟齬が生じる原因は、事務局側にも弁護士側にも存在します。
しかし、事務局側の問題は、経験を積むにつれて解消していくでしょうが、一朝一夕に解決できるわけではありません。
また、弁護士側の問題も簡単な話ではないのです。
なぜなら、弁護士は情報は下(事務局)から上(弁護士)へ提供するものではあっても、上から下へ提供するものとは考えていない人が多いからです。
事務局はあくまで手足!判断するのは頭である僕だ!
私の経験上、基本的に弁護士はこの意識が強いのです。
そう考えながらも、実際には事務局で判断できることなら手を煩わせないで欲しいとも思っているのですから、事務局としては非常に悩ましいところですよね。
社会人の基本「ホウ・レン・ソウ」
このように、事務局側の問題も、弁護士側の問題も、なかなか簡単に根本的な解法はできません。
正しい処理ができないことは、事務所や依頼者にとってマイナスであることは言うまでもありません。
事務員にしても、判断材料が少ない中で必死に考えて仕事をしているのに、弁護士から怒られてしまうのはかなり辛いですよね。
では、事務局はどのようにして日頃の仕事を処理していけばいいのでしょうか。
ここで、法律事務所勤務歴20年の経験上、私が最も役に立つと考えるのは「ホウ・レン・ソウ」です。
「ホウ・レン・ソウ」とは
新社会人になった時、誰でも一度は「ホウ・レン・ソウ」という言葉を聞いたことがあるでしょう。
ホウ・レン・ソウとは、報告・連絡・相談を意味します。
新社会人は右も左もわかりません。
何をするにしても自分で判断せずに、上司への報告・連絡・相談を怠るなと指導されますよね。
ここでの「ホウ・レン・ソウ」は、仕事を円滑に進めるためであり、上司が適切に新人部下を管理する側面が強いものです。
この「ホウ・レン・ソウ」が、実は事務員にとって非常に役に立つのです。
新人事務員の仕事が止まる原因
私はこれまで、何人もの新人事務員と一緒に働いてきました。
その経験上、新人事務員の仕事が止まってしまう原因はいつも同じです。
処理方法がわからないから聞きたい。
でも聞けない。
自信が無いから仕事が進められない。
わからなければ、聞けばいいと思うでしょうか。
しかし、このように悩む新人事務員は大抵の場合、次のようにも言われているのです。
同じことを何度も聞かないでくれ
わかりますか?
そもそも「同じこと」かどうかの判断が自分でできないのです。
その判断材料が少ないから聞きたいのに、もしかして「同じこと」だったら怒られてしまうと思い、聞けないのです。
そして新人事務員は手が止まってしまい、結局「仕事が遅い」と怒られてしまう。
そんな悪循環に陥るのです。
悩むのを止めて「ホウ・レン・ソウ」
新人事務員に限らず、聞きたいのに聞けずに悩む経験は誰でもあるでしょう。
悩んで答えの出ることなら、悩むことにも意味はあります。
しかし、答えが出ないこの手の悩みは、いくら考えても手が止まるだけで時間の無駄ですよね。
悩むのを止めて「ホウ・レン・ソウ」をうまく活用していけば、手を止めること無く仕事を進めることができます。
では、具体的にどのように「ホウ・レン・ソウ」を活用すべきでしょうか。
ホウ・レン・ソウの活用方法
私の経験上、ホウ・レン・ソウをしっかり活用する人ほど、仕事を覚えるのが早いです。
その結果、周囲の評価も得られやすいですね。
逆に言えば、弁護士や先輩事務員からの評価が低い人ほど、ホウ・レン・ソウが活用できていないのです。
これがわからないけど、聞けない…。
あれもできないし、どうしよう…。
このように、1人で抱え込んでいるパターンが非常に多いですね。
決して意欲が無いわけでも、事務処理能力が低いわけでもないので、本人にとっても事務所にとっても非常にもったいないことです。
私がすすめる「ホウ・レン・ソウ」の活用法は次の通りです。
ルーティーンワークは予め確認・確定しておく
何でも「ホウ・レン・ソウ」を徹底するとはいえ、いつも必ず同じ処理をするルーティーンワークまで、毎回確認を取るのは効率的ではありません。
そこで、そういったルーティーンの仕事は予め確認し、処理方法を確定しておきましょう。
準備書面等の送付書兼受領書は事務局で返送していいのか
⇒よい
弁護士宛の郵便物は開封するのか
⇒「親展」以外は開封する
お客様へのお茶を入れ直すタイミングはどうするのか
⇒打ち合わせ開始後1時間経過したら入れ直す
このようにいつも同じ処理をする仕事については、処理方法を確定させておきましょう。
些細なことでも報告と連絡
新人事務員のうちは、ホウ・レン・ソウの中でも、特に報告と連絡は、些細なことでもすべて行うつもりでいた方がいいでしょう。
そうするうちに、弁護士や先輩事務員からこのように言われるようになります。
そんなことまで報告してくれなくてもいいよ
そうしたら、次から外していけばいいのです。
まともな弁護士や先輩事務員であれば、新人事務員に目の届かないところで独自の判断をされる方がよほど怖いことだとわかっています。
些細なことでも報告と連絡をすることで、目の届かないところにはいないということを示せるのです。
100%の確信が無ければ相談する
法律事務所では、100%の確信が無ければ、必ず弁護士や先輩事務員に相談しなければなりません。
でも、同じことは何度も聞くなって言われているんです
確かに、事務所や弁護士のタイプによっては勇気がいるかもしれません。
しかし、法律事務所では、少しの判断ミスが重大な結果に繋がることがあり、しかもそれは、依頼者の利益に直結する、取り返しのつかない場合もあるのが非常に怖いのです。
とすれば、「念のために確認する」ということも事務局の仕事のひとつだと考えるべきです。
相談するのがどうしても怖い場合
もし、どうしても相談するのが怖い場合には、相談の仕方を工夫しましょう。
いつもと同じかもしれませんが、書記官の反応が少し悪かったのが気になっています。
もう少し検討すべき事項があるか、念のため確認させてください。
このように、聞く理由を簡単に添えて、慎重になっていることを示します。
「何度も同じことを聞くな」というのは、「何も考えていないから何度も同じことを聞くのだ」という考えが根底にあります。
ですから、そうでないことを示しましょう。
つまり、事務員なりに考えた結果、あえて聞いていることを示せば、少なくとも何も考えていないという誤解はされずにすむというわけです。
また、それほど急ぎでない仕事の場合、タイムラグを利用するのもひとつの手です。
例えば「この仕事をこのように処理します」と事前の報告をしたとき、すぐに弁護士や先輩事務員から了承の返事があればそのまま処理し、返事が無い場合にはいったん保留しておくのです。
そして、問題点の指摘が無いかどうかしばらく待ちます。
そのまま特に指摘がなければ、報告通りに処理を進めます。
なぜこのようにするかというと、私の経験上、先輩事務員や弁護士は問題のある報告に関しては、できるだけ早く訂正の指示をするのが通常です。
それが無いということは、問題がないことが類推できるというわけです。
ホウ・レン・ソウは究極のリスクヘッジ
まともな弁護士や先輩事務員なら、前述の手順でホウ・レン・ソウをしっかりする事務員を好意的に評価するでしょう。
ホウ・レン・ソウをしっかりするということは、責任感や慎重さの現れだからです。
また、事務局と弁護士の間にある「いつもと同じ」かどうかの齟齬も生じにくくなります。
そして、ホウ・レン・ソウはあなた自身のリスクヘッジにもなるのです。
「何もしていない」と誤解されない
あなたが仕事の処理方法がわからず、聞くこともできず悩んでいる時、弁護士や先輩事務員からはどう見えるでしょうか。
どうして何も仕事をしないんだ?
さっさと作業してくれよ!
そう、ただ手を止めて、仕事をしていないように見えるだけです。
あなたが頭の中でどんなに一生懸命考えて悩んでいても、頭の中まで他人は見ることはできません。
わからないなら「わからない」、悩んでいるなら「悩んでる」と、ホウ・レン・ソウをして意思表示することは、あなたが仕事をしているとわからせるためでもあるのです。
ですから、さっさとホウ・レン・ソウしてしまうことがリスクヘッジになるのです。
「仕事を停滞させている」と誤解されない
法律事務所の仕事は、弁護士と事務局との間で、指示や作業が飛び交うキャッチボールのような部分があります。
仕事は、常にボールを投げ合いながら進みます。
逆に言えば、ボールが誰か1人のところで止まるということは、仕事の停滞を意味します。
ボールは必要以上に自分のところに止めない。
これがスムーズに仕事を進める鉄則です。
そして、ボールが今どこにあり、どういう状況なのか示したり、ボールを投げ返すことそのものが、まさにホウ・レン・ソウなのです。
しかし、そのボールを自分のところに止めてしまう人ほど、ホウ・レン・ソウをしません。
いえ、ホウ・レン・ソウをしないからこそ、ボールが止まってしまうという方が正しいかもしれませんね。
どんなボールでも、適切に投げ返せればそれに越したことはありません。
しかし、その方法がわからないなら「わからない」と、悩んでいるなら「悩んでいる」というボールを投げるべきなのです。
そうすれば、少なくともあなたのところでボールは止まりません。
ホウ・レン・ソウをすることで、あなたが仕事を停滞させていると思われないリスクヘッジになるのです。
弁護士からの理不尽な責任転嫁を防ぐ
弁護士の中には、自分が忘れていたことによる指示漏れを事務員の責任とするタイプの人がいます。
どうして言わなかったんだ!
言ってくれれば指示できたのに!
ホウ・レン・ソウを徹底しておけば、このような責任転嫁を防ぐことができます。
ただし、口頭でのホウ・レン・ソウでは結局「言った・言わない」の問題になってしまいます。
このタイプの弁護士へのホウ・レン・ソウは、メールやチャット等、記録に残る形にするか、第三者のいる前で行うのが望ましいでしょう。
まとめ
「いつもと同じ」ように仕事をしてもうまくいかない場合の原因と対応策のポイントは次の通りです。
いかがでしょうか。
「ホウ・レン・ソウ」は上司(弁護士)のためのものと考えられがちです。
しかし、実はこのように部下(事務員)にとって役に立つ方法なのです。
ホウ・レン・ソウをうまく活用すれば、責任感や慎重さといった法律事務職員に必要な能力を示しながら、同時に自分を守るリスクヘッジになるという一石二鳥効果があります。
確かに、自分の行動を逐一ホウ・レン・ソウしていくというのは楽ではありません。
最初はなかなか面倒なことに感じられることでしょう。
ただ、経験を積んでいくのに比例して、適度なホウ・レン・ソウの程度もわかっていくでしょうから、それまでの我慢です。
あなたがタフに法律事務所を生き抜いていく参考になれば幸いです。
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